京都市は、延暦13年(794年)に日本の首都になった平安京を基礎とする都市で、明治天皇が東京に行幸するまでの約1080年に渡って皇室および公家が集住したため「千年の都」と呼ばれています。

金閣寺は、京都市北区金閣寺町にある臨済宗相国寺派の寺院で、正式名称は鹿苑寺(ろくおんじ)です。室町幕府第3代将軍足利義満によって造営された山荘を母体にしています。金閣寺は、1994年に世界遺産に登録された京都を代表する観光スポットの一つです。金閣寺は、金箔で覆われた3層の塔で、日本の美意識を象徴する建築物として有名です。

金閣寺



平安神宮は、京都市左京区にある神社で、旧社格は官幣大社、勅祭社です。

平安神宮



1895年(明治28年)4月1日に平安遷都1100年を記念して京都で開催された内国勧業博覧会の目玉として平安京遷都当時の大内裏の一部復元が計画され、平安神宮が創建されました。

平安神宮

平安神宮は、平安時代の文化を伝える神社として、多くの観光客に愛されています。

平安神宮

平安神宮



天龍寺は、京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町にある臨済宗天龍寺派の大本山の寺院で、山号は霊亀山(れいぎざん)です。

天龍寺

平安時代初期の承和年間(834年~848年)に第52代・嵯峨天皇の后・檀林皇后(だんりんこうごう)が創建した日本最初の禅寺・壇林寺(だんりんじ)があった場所にあります。天龍寺は、世界遺産にも認定されており、巨大な雲龍図や曹源池庭園などが見どころです。

天龍寺



嵯峨(さが)は、京都府京都市右京区の地名で、京都盆地北西部、保津川北岸の地域で、上嵯峨・下嵯峨に分けられます。

嵯峨

嵯峨は、平安時代から狩猟地に利用され、嵯峨天皇の離宮が営まれてのち、貴族の別荘地となりました。名勝・旧跡に富み、天龍寺、清凉寺、大覚寺などがあります。嵯峨野は、嵯峨の観光地として有名で、嵐山から小倉山に沿った社寺の立ち並ぶ地域を指します。

嵯峨

京都府の桂川は、淀川水系の一級水系で、丹波高原を源とし、亀岡盆地を南下し保津峡、嵐山を経て京都盆地を流れます。

桂川



清水寺は、京都市東山区清水にある北法相宗の大本山の寺院で、山号は音羽山です。清水寺には、江戸時代初期建築の国宝建造物があります。寝殿造風の建物を中心とし、前方左右に翼廊を出し、その間は板張りの舞台となっています。

清水寺

舞台は、約12メートルの長い樹齢400年以上の欅の大木の束柱を貫で組み合わせて支えられ、断崖上に建てられているため、見事な眺めが楽しめます。清水寺の御本尊は、「十一面千手観世音菩薩」で、秘仏ながらも、親しみを込めて「清水の観音さん」と呼ばれています。清水寺は、四季折々の伽藍の風景が美しく、観音堂からは、京都市内を一望できます。

清水寺



京都タワーは、地上131mの京都のランドマークで、京都の夜景や市街地を360度見渡せる展望室があります。

京都タワー

京都タワーには、お腹と心を満たしてくれるレストラン、こだわりのお土産を集めたマーケット、心休まるホテル、ゆったりと旅の疲れを癒す大浴場などがあります。

京都タワー

京都駅は、京都府京都市下京区にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)・東海旅客鉄道(JR東海)・近畿日本鉄道(近鉄)・京都市交通局(京都市営地下鉄)の駅です。京都駅には、多数の飲食店やショップがあり、観光客にも人気があります。また、駅周辺には、伏見稲荷大社や清水寺などの観光スポットがあります。

京都駅







弘前さくらまつり

青森県弘前市、弘前さくらまつり。毎年弘前公園にて、4月中頃から5月初めまで、開催されます。 弘前城公園の本丸の風景、宴会をしています。 弘前さくらまつりの歴史、変遷その1 1715年(正徳5年) – 弘前藩士 […]

青森市

青森県青森市中央一丁目22番5号、青森市役所。市の木はあおもりとどまつ。市の花は、はまなすの花。青森市(あおもりし)は、青森県の中央部に位置する市である。津軽地方・東青地域に属する。青森県の県庁所在地であり、中核市・中枢 […]

りんご亭

青森県北津軽郡板柳町小幡柳田5-5、りんご亭。定休日は月曜日。

昼食の選択

昼食は、ラーメンか?そばか?とんかつか?定食か?豪華ランチか?そんな迷いの一助!  住所・定休日付きです。

廻堰大溜池土地改良区設立十週年記念碑

案内看板より抜粋。廻堰大溜池の沿革は、古記によると、このため池は岩木山を水源とする白狐沢からの自然流水による貯水池であったものを、万治3年(1660年)に四代藩主津軽信政公が、樋口権右衛門を廻堰大堤奉行に任命し、柏村地方 […]



津軽の歴史

津軽の歴史を学ぼう! 過去がわかれば、未来も開けてきます。歴史は人々が生きた証です。

津軽は、655年「日本書紀」に、「津苅」「東日流」「津刈」「都加留」と表記されています。

中世には「平賀郡(津軽平賀郡)」「鼻和郡(津軽鼻和郡)」「田舎郡(津軽田舎郡)」に分けられ「津軽三郡」と言われた。