亀甲門
亀甲門(かめのこもん)は、北側にある門、北門(きたもん)の別名です。
由来は、北方の守護神として玄武という亀の神様とされております。
築城後間もなくはこの門が弘前城の正門とされていました。

亀甲門(かめのこもん)
亀甲門(かめのこもん)、大光寺城(現在の平川市)の城門を慶長16年(1611年)に二代藩主津軽信牧が築城にあたり弘前城追手門として移築再建したもので、重要文化財に指定されています。
亀甲門は、弘前公園内で唯一、合戦時の矢傷跡が残されている貴重な城門です。
また、棟の両端にある鯱も他の門のものより古い形式のものであり、矢狭間や鉄砲狭間がない点など、見るべきところが多い門です。

亀甲橋
津軽藩の歴史
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津軽の歴史
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岩木山の歴史
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