青森県黒石市大字中町33、松の湯交流館。松の湯はかつて地域の人々に愛された銭湯でした。

松の湯交流館



屋根を突き抜け、力強い生命力を感じさせる松の木が印象的な松の湯は、この地に建てられた江戸時代の当時、旅籠(旅館)だったと伝えられています。

松の湯交流館

その後、銭湯に生まれ変わりましたが、そこでも同じように、地域の人々が日々の出来事や催しの情報を交わし、経験や知恵を受け継いでく場所となっていました。

松の湯交流館



当時の銭湯は、人々が集まるコミュニティの場であり、まちの情報があふれる場所だったのです。

松の湯交流館

松の湯交流館



平成5年にその役割を終えましたが、まちのランドマークとして、保存と活用が望まれ、当時の姿そのままに、平成27年に松の湯交流館として生まれ変わりました。

松の湯交流館




多摩動物園

東京都日野市程久保7-1-1、多摩動物園。豊かな自然が多く残った園内で、動物をできるだけ自由な姿で展示するために、檻のかわりに壕で仕切るようにし、広い放飼場に放養形式で展示をしています。 野生で群れをつくる動物は、なるべ […]

夕暮れの富士見橋と岩木山

青森県弘前市紺屋町周辺、夕暮れの富士見橋と岩木山。

一幸食堂

青森県弘前市高崎2-4-7、一幸食堂。定休日は火曜日。 チキンかつ定食、一幸食堂

文学碑と岩木山

青森県弘前市百沢周辺、文学碑と岩木山

ブラッスリー・ル・キャッスル

青森県弘前市上鞘師町24-1、 ホテルニューキャッスル内、ブラッスリー・ル・キャッスル 。閉店しました。

ベンセ湿原

青森県つがる市木造、ベンセ湿原。平滝沼、大滝沼、ベンセ沼に囲まれた湿原。6月頃からニッコウキスゲの群落。7月にはノハナショウブの群落。 青森県つがる市、旧木造町ベンセ湿原。ニッコウキスゲの群生が見られます。 ニッコウキス […]

風合瀬海岸

青森県西津軽郡深浦町大字風合瀬、風合瀬海岸

ビストロ レザン

青森県弘前市早稲田3-10-13、ビストロ レザン。定休日は水曜日。

弘前公園の城門

弘前公園の正面玄関とも言えるのが、追手門(おうてもん)。東門(ひがしもん)、亀甲門/北門(かめのこもん/きたもん)、東内門(ひがしうちもん)、南内門(みなみうちもん)、全部5つあります。 追手門は、藩政時代にも、この門が […]

太宰治文学碑

青森県五所川原市金木町芦野(芦野公園内)太宰治文学碑。 碑文は「選ばれてあることの恍惚と不安と二つわれにあり」 碑文は、太宰治の葉という小説の冒頭にあります。 太宰治は自分が小説家として選ばれたことに対する喜びと不安を表 […]

らーめんはちもり

青森県青森市問屋町2−10ー3、らーめんはちもり。定休日は月曜日。

和食

チヤーハン

昼食にチャーハン。チャーハンが食べられるお店。おすすめです!

パスタヤ (PASTAYA)

青森県弘前市駅前町15-6 、パスタヤ (PASTAYA)。定休日は火曜日。

秋田市大森山動物園

秋田市浜田字潟端154番地、秋田市大森山動物園、現在総面積、150,070平方メートル。 大森山動物園は、愛称は「ミルヴェ」で、2023年に開園50周年を迎えました。 動物園内には約100種600頭の動物が展示されており […]

仲町武家屋敷

弘前市大字若党町72、旧笹森家。 弘前城から最も近い公開住宅で、黒塗りの棟門を開いているのが旧笹森家住宅です。建築年代は江戸中期。地区で現存最古の武家住宅です。弘前城下における下級武士住宅の建築様式です。 弘前市大字若党 […]

ぼんしゃん亭

青森県弘前市土手町36-13、ぼんしゃん亭。

えび新寿司

青森県弘前市取上2-1-15、えび新寿司 。大きな寿司ネタが評判でした。閉店しています。

銀山温泉

山形県尾花沢市大字銀山新畑、銀山温泉。 大正・昭和時代に建てられた和洋折衷の木造旅館が並び、昔懐かしい風景が残る銀山温泉。 銀山温泉は、かつて江戸時代初期の大銀山として栄えた「延沢銀山」の名称に由来しています。 大正末期 […]




今日はどこで、ランチ・・・。

サラーリマンの楽しみは何といっても昼食。

今日はどこで、ランチ・・・。

気分次第、仕事がらみもあり、迷いながらも結局ここかという時もあります。

指定野菜

「指定野菜」とは、「特に消費量が多く、国民生活に重要な野菜」として国が指定している野菜です。 現在は、 キャベツ、きゅうり、さといも、だいこん、たまねぎ、トマト、なす、にんじん、ねぎ、はくさい、じゃがいも、ピーマン、ほう […]

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杉の大橋、弘前公園

杉の大橋は、弘前公園内にある橋の一つで、二の丸と三の丸を隔てる内濠に架かっています。 築城当時はスギ材で作られた架け橋で、戦時には敵の侵入を防ぐために壊される仕組みになっていました。 1821年(文政4年)にヒノキ材によ […]

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