羽州街道

青森県青森市浪岡増館から下十川間、羽州街道。

羽州街道は、江戸時代に整備された脇往還(五街道に次ぐ街道)の一つです。

奥州街道から福島県の桑折で分かれ、宮城県を経て奥羽山脈を越え、山形県、秋田県を北上し、青森県の油川で奥州街道に合流します。

羽州街道



現在の国道113号・国道13号・国道7号などに相当します。

羽州街道は、出羽国(羽州)の11藩と陸奥国の2藩が参勤交代の際に通行したほか、商人や旅人も利用しました。

羽州街道



羽州街道の名称は、江戸時代には統一されておらず、地域や進行方向によって「小坂通り」「最上道」「秋田道」「下筋街道」「碇ヶ関街道」など様々な呼び方をされていました。

羽州街道

明治時代になると、萬世大路の開通や鉄道の敷設などにより、羽州街道のルートや起点も変更されました。







一ツ森岩吉碑

黒石市赤坂、赤坂八幡宮内、一ツ森岩吉碑。 一ツ森岩吉碑(昭和15年5月15日赤坂有志建立)。 黒石市赤坂出身の力士。 裏面碑文:慶応2年4月5日生、昭和9年8月4日歿。

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四季の蔵もてなしロマン館

青森県平川市猿賀石林10-1、四季の蔵もてなしロマン館。 猿賀公園や国名勝に指定されている「盛美園」、「清藤氏書院庭園」に隣接しています。

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三内丸山遺跡

青森県青森市大字三内字丸山305、三内丸山遺跡。 三内丸山遺跡は、縄文時代の大規模な集落跡です。 約5900年前から4200年前にかけて、河岸段丘上に多数の竪穴住居や高床式倉庫、柱列建物などが建てられていました。 199 […]

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堀越城

青森県弘前市堀越、堀越城跡。 堀越城は、南北朝時代の1336年に北朝方の曾我太郎貞光によって築かれた平城です。 その後、戦国時代には津軽氏の支配下に入り、1571年には津軽為信がこの城から石川城を攻め落としました。 為信 […]

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赤田のアカマツ

青森県北津軽郡板柳町大字赤田字松下、赤田のアカマツ。 赤田には、アカマツという名前の古木があります。 板柳町の指定文化財第八号になっています。 このアカマツは、樹齢約300年、樹高約12.5メートル、幹周囲約3.55メー […]

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弘前さくらまつりの歴史、変遷

青森県弘前市、弘前さくらまつり。毎年弘前公園にて、4月中頃から5月初めまで、開催されます。

弘前さくらまつりの歴史、変遷その1

1715年(正徳5年) - 弘前藩士が25本のカスミザクラなどを京都から取り寄せ、園内に植栽。

1882年(明治15年) - 旧藩士である菊池楯衛が、ソメイヨシノ1,000本を植栽。

1897年(明治30年) - 再び1,000本を植栽。その後も市民の寄付などで植栽される。

待つ身が辛いか、待たせる方が辛いか

太宰治の熱海事件とは、1936年に太宰治が熱海で執筆中に起こした金銭トラブルです。 太宰は友人の檀一雄を熱海に残し、金を借りに東京へ行ったきり戻ってきませんでした。 あまりに遅いので、檀一雄が太宰を捜したところ、東京で井 […]

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