青森県西津軽郡深浦町北金ヶ沢字榊原、千畳敷。

大町桂月文学碑、千畳敷。

碑文は、「北金沢も過ぐれば、山脚直に海に接するやうになりて、嬉しや、目ざしたる大戸瀬に達せり。幅の七八十間は海に突出したる方面の長さ也。長さの五六町は海に横はりて、陸に接する方面の長さ也。

唯これ一個の盤石、数万人を立たしむるに足れり。二つ三つ幅一軒ばかりの割れ目ありて深く入り、怒濤白竜となつて躍り込む。一体に平らかにして、海面よりほんの二三尺も高し、世にも斯ばかり偉大なる盤石あるかと驚く。

大町桂月文学碑

この大盤石の中に、杯池とて二三尺四方の水溜りあるかと思へば、兜岩、鎧岩、恵比寿岩など、小岩峰も屹立す。少し離れて、海中に獅子岩立てり。

後の草の平丘に巌角露はれて、菌岩人を見下す。さても造化は大戸瀬に奇工を尽しけるも哉。

前は渺々たる日本海、怒濤怒濤を追ふ。後は唯一面の草の平丘東西南北どちら向いても山を見ず。

背景が物足りぬやうなれども、それが却つて大戸瀬の偉大を壇にする所以也。我れ巌を叩いて、天地の間唯汝と我とあるのみと云へば、怒濤却下に押寄せて、我狂笑うに似たり。」




津軽弁、どまずぐ

どまずぐは、おろおろするという意味の津軽弁です。 皆さんの前で一言と急に言われても、 私はどまずぐということはありません。

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工藤甲吉 川柳碑

青森県平川市猿賀字石林175、猿賀公園。 工藤甲吉 川柳碑「人生は よいしょこらしょに どっこいしょ」 工藤甲吉は、明治から昭和にかけて活躍した川柳作家で、「人生はよいしょこらしょにどっこいしょ」という名句を残しました […]

葛西善蔵文学碑

青森県平川市碇ヶ関三笠山公園内、葛西善蔵文学碑。葛西善蔵は、明治20年1月16日弘前市に生まれました。7歳から15歳まで母の実家がある碇ヶ関で育ちました。 大正7年に短編「子をつれて」を発表しました。大正から昭和にかけて […]

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大浦城址碑

青森県弘前市五代早稲田、大浦城址碑。 大浦城は、大浦光信が津軽進出の拠点として築いた城で、その後、大浦為信(のちの津軽為信)が堀越城に移るまで、4代にわたる大浦氏代々の居城でした。 現在は弘前市立津軽中学校の敷地になって […]

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垂乳根の銀杏の碑

青森県西津軽郡深浦町北金ケ沢字塩見形356、垂乳根の銀杏の碑。 垂乳根の銀杏は樹齢1000年以上と言われており、垂れ下がった気根が人間の乳房や鍾乳石に似ていることから、垂乳根のイチョウとも呼ばれています。 このイチョウは […]

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大渕ケ鼻城跡

青森県弘前市石川字平山、大渕ケ鼻城跡。 大渕ケ鼻城跡は、弘前市石川にある石川城(大仏ヶ鼻城)の別名です。 石川城は、南部高信の居城として知られていますが、1571年に津軽為信に攻められて落城しました。  その後は廃城とな […]

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花が咲くまで7年前後の期間が必要とされています。

カタクリ(片栗)は、ユリ科カタクリ属に属する多年草。

カタクリの花には、「初恋」「寂しさに耐える」という2つの花言葉があります。

カタクリの花は、種が根付いてから、花が咲くまで7年前後の期間が必要とされています。

また、多年草ではあるものの、花を咲かせられるのは7回程度とも言われています。

家系ラーメンとは、

家系ラーメン(いえけいラーメン)あるいは横浜家系ラーメン(よこはまいえけいラーメン)は、1974年に横浜市で創業した「吉村家」を源流とするラーメンのジャンルです。 豚骨と鶏ガラから取った濃厚な醤油スープに、太いストレート […]

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丑寅櫓(うしとらやぐら)、弘前公園

青森県弘前市、二の丸丑寅櫓(にのまるうしとらやぐら)は、弘前公園にある弘前城の櫓(やぐら)の一つです。 櫓とは、城郭に取りつく敵への攻撃や物見のために造られた塔のような建物です。 二の丸丑寅櫓は、二の丸の北東を守るために […]

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