義経寺

青森県東津軽郡外ヶ浜町字三厩家ノ上76、義経寺。

義経寺は、源義経が海峡を渡る際に祈ったという観音像を祀る寺で、津軽三十三観音の19番札所です。

源義経が奥州から蝦夷へ渡る際に、厩岩と呼ばれる巨岩の上に観音像を祀り、海を渡るための龍馬を得たという伝説にちなんでいます。

寛文7年(1667年)に円空和尚がこの観音像を発見し、寺を建立したとされます。

義経寺



義経寺厩岩(まやいし)は、義経伝説に関係する岩で、外ヶ浜町三厩にあります。

義経寺

伝説では、源義経が津軽海峡を渡る際に、この岩の上で観音像に祈り、三頭の竜馬を得て海を渡ったと言われています。

この岩は、かつては海岸にあったが、現在は埋め立てられて陸上にあります。

この地名の三厩(みんまや)は、三馬屋(みうまや)から来たとされています。

厩岩(まやいし)







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国の重要文化財指定の五重塔としては日本最北端に位置。

寛文7年(1667年)に完成した旧大円寺の塔で、総高31.2メートルである。

津軽藩3代藩主津軽信義、4代津軽信政の寄進により、前後10年以上をかけて建立されました。

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