弘前城天守

弘前城天守は、 国の重要文化財に指定されています。また城跡は国の史跡に指定されています。

弘前城は、1590年に津軽地方を統一した大浦為信が築城を開始し、1611年に2代目藩主信枚が完成させました。

弘前城天守



当時は5層の天守がありましたが、1627年に落雷で焼失しました。 その後、200年近く天守のない状態が続きましたが、1810年に9代目藩主寧親が三層櫓を改築して現在の3層の天守を建てました。

弘前城の天守は、東北地方で唯一現存する江戸時代の天守です。 後期層塔型という形式で、端正で威厳がある作りです。

津軽弁、まっこ

まっことは「お年玉」や「お盆などにもらうお小遣い」や「お店でサービスでつけてくれるおまけ」という意味の津軽弁です。あなたは私にまっこをくれるのですか?



鷹丘橋、弘前公園

鷹丘橋とは、弘前公園の内濠に架かる橋で、本丸と北の郭を結んでいます。 鷹丘橋という名は、弘前城の旧名である鷹丘城(高岡城)にちなんだものと思われます。 この橋は1670年(寛文10年)、4代藩主 信政 が母の屋敷のある北 […]

春陽橋、弘前公園

弘前公園、春陽橋は、西濠を隔て、市街地である五十石町と西の郭に架かる橋です。 1932年に市民の通行の利便性のために架橋されました。

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弘前城東門、弘前公園

弘前城東門 東門は、弘前城の三の丸東側の枡形に位置しており、慶長15年(1610年)に建てられました。 弘前城東門は、江戸時代初期の城門建築の遺構として大変貴重な事から昭和28年(1953年)に国指定重要文化財に指定され […]

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未申櫓 (ヒツジサルヤグラ)、弘前公園

未申櫓 (ヒツジサルヤグラ)、櫓の名前は、天守から見た方角を12支で示したもので、未申は南西に当たります。

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二の丸辰巳櫓(にのまるたつみやぐら)、弘前公園

青森県弘前市、弘前公園、二の丸辰巳櫓。 二の丸辰巳櫓(にのまるたつみやぐら)は、弘前公園にある弘前城の櫓(やぐら)の一つです。 櫓とは、城郭に取りつく敵への攻撃や物見のために造られた塔のような建物です。 二の丸辰巳櫓は、 […]

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津軽の歴史を学ぼう! 過去がわかれば、未来も開けてきます。歴史は人々が生きた証です。

津軽は、655年「日本書紀」に、「津苅」「東日流」「津刈」「都加留」と表記されています。

中世には「平賀郡(津軽平賀郡)」「鼻和郡(津軽鼻和郡)」「田舎郡(津軽田舎郡)」に分けられ「津軽三郡」と言われた。

ベルヌイカーブ

ベルヌイカーブとは、自然界によく見られる螺旋(らせん)の一種で、中心から伸ばした半直線との角度が一定であるという特徴を持ちます。 この角度をピッチと呼び、ピッチが小さいほど螺旋は密になり、ピッチが大きいほど螺旋は開いた形 […]

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東内門外橋(石橋)、弘前公園

東内門外橋(石橋)は、弘前公園の中にある石造りの橋で、二の丸と三の丸を隔てる中濠に架かっています。 1848年(弘化5年)に土橋から架け替えられたもので、城内では唯一の石造りの橋です。 橋を渡るとすぐに東内門があり、その […]

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