石碑を見ると古の人を思う。時代を超え語りかけるものがある。風雪に削られようとも、そこにありつづけるだろう。新しく建てられる石碑もあれば、人々に忘れ去れそうな石碑もある。

青い山脈歌碑。 西条八十作詞「若くあかるい 歌声に・・・・・」

青い山脈歌碑

陸羯南(くが かつなん)文学碑

青森県弘前市大和沢中岸田、大狼神社裏山鷲巣山、 陸羯南文学碑。 この石碑は、昭和28年9月に、弘前の医師である鳴海康仲氏が、陸羯南の命日に建立しました。 陸羯南は、日本の国民主義の政治評論家、日本新聞社長。 碑文は、 名 […]

八甲田山周辺

八甲田山(はっこうださん)は、青森市の南側にそびえる複数火山の総称で日本百名山の一つ。「八甲田山」と名がついた単独峰は存在せず、18の成層火山や溶岩円頂丘で構成される火山群です。 遭難し、直立したまま仮死状態で発見された […]

スターキングの碑

青森県弘前市りんご公園内、スターキングの碑。1929年(昭和4年)、スターキングデリシャスの苗木がアメリカから送られてきました。 東京銀座の高級果物店千疋屋を経営する斎藤義政氏は、それをそのまま青森県弘前市折笠のりんご栽 […]

大町桂月文学碑、千畳敷

青森県西津軽郡深浦町北金ヶ沢字榊原、千畳敷。 大町桂月文学碑、千畳敷。 碑文は、「北金沢も過ぐれば、山脚直に海に接するやうになりて、嬉しや、目ざしたる大戸瀬に達せり。幅の七八十間は海に突出したる方面の長さ也。長さの五六町 […]

工藤甲吉 川柳碑

青森県平川市猿賀字石林175、猿賀公園。 工藤甲吉 川柳碑「人生は よいしょこらしょに どっこいしょ」 工藤甲吉は、明治から昭和にかけて活躍した川柳作家で、「人生はよいしょこらしょにどっこいしょ」という名句を残しました […]

津軽の石碑

石碑を見ると古の人を思う。時代を超え語りかけるものがある。風雪に削られようとも、そこにありつづけるだろう。新しく建てられる石碑もあれば、人々に忘れ去れそうな石碑もある。 青い山脈歌碑。 西条八十作詞「若くあかるい 歌声に […]

太宰治文学碑

青森県五所川原市金木町芦野(芦野公園内)太宰治文学碑。 碑文は「選ばれてあることの恍惚と不安と二つわれにあり」 碑文は、太宰治の葉という小説の冒頭にあります。 太宰治は自分が小説家として選ばれたことに対する喜びと不安を表 […]




津軽弁、やがぐる

やがぐるとは、奪い合うという意味の津軽弁です。 隣の家から貰ったお菓子を兄弟でやがぐっています。 やがぐって、喧嘩して、お菓子は争いの種だね。

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完全試合の碑

 青森県青森市浜館1-1-1、青森市営球場の敷地内、日本プロ野球初の完全試合 達成記念碑。 日本プロ野球初の完全試合を達成したのは、1950年6月28日に青森市営球場で行われた巨人対西日本パイレーツ戦で、巨人の藤本英雄投 […]

湯段からの岩木山

弘前市湯段、湯段からの岩木山

廻堰大溜池土地改良区設立十週年記念碑

案内看板より抜粋。廻堰大溜池の沿革は、古記によると、このため池は岩木山を水源とする白狐沢からの自然流水による貯水池であったものを、万治3年(1660年)に四代藩主津軽信政公が、樋口権右衛門を廻堰大堤奉行に任命し、柏村地方 […]

津軽の梅干屋 いした

青森県弘前市大字高屋字安田138 、有限会社 いした 。津軽の梅干屋「いした」

中華厨房たんたん

青森県弘前市末広4丁目1-5、中華厨房 たんたん。定休日は水曜日。 担々麺 チンジャオロース(青椒肉絲)



津軽の歴史を学ぼう! 過去がわかれば、未来も開けてきます。歴史は人々が生きた証です。

津軽は、655年「日本書紀」に、「津苅」「東日流」「津刈」「都加留」と表記されています。

中世には「平賀郡(津軽平賀郡)」「鼻和郡(津軽鼻和郡)」「田舎郡(津軽田舎郡)」に分けられ「津軽三郡」と言われた。

ディスるとは

対立者をディスるというのは、相手を侮辱したり批判したりすることです。 この言葉は、英語の「disrespect」(軽蔑する)を略したもので、ヒップホップのラップで相手をけなす行為から広まりました。 対立者をディスる人には […]

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弘前城天守

弘前城天守は、 国の重要文化財に指定されています。また城跡は国の史跡に指定されています。 弘前城は、1590年に津軽地方を統一した大浦為信が築城を開始し、1611年に2代目藩主信枚が完成させました。 当時は5層の天守があ […]

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