青森県中津軽郡西目屋村は、弘前市から車で約30分、白神山地を有する村として自然と共生する地域づくりが進めれています。岩木山の南麓に位置し、リ ンゴの里としても知られています。

西目屋村




白神山地の大部分は世界遺産核心地域にあたるため入山が制限されていますが、西目屋村には1981年に 県立自然公園に指定された暗門の滝を中心に、誰でも気軽に世界遺産に触れることのできる緩衝地帯が広がっています。

西目屋村

暗門の滝への道

暗門の滝への道




暗門の滝への道

暗門の滝への道

暗門の滝への道、暗門第三の滝

暗門の滝への道、暗門第三の滝









俳誌「水車」創刊50周年記念句碑

俳誌「水車」創刊50周年記念句碑 五所川原市金木町芦野芦野公園駅 昭和61年10月26日建立

大町桂月文学碑、千畳敷

青森県西津軽郡深浦町北金ヶ沢字榊原、千畳敷。 大町桂月文学碑、千畳敷。 碑文は、「北金沢も過ぐれば、山脚直に海に接するやうになりて、嬉しや、目ざしたる大戸瀬に達せり。幅の七八十間は海に突出したる方面の長さ也。長さの五六町 […]

上高地

長野県松本市安曇、上高地。梓川上流、標高1,500m。 中部山岳国立公園の一部。大正池、河童橋、ウェストン碑等。 上高地は、北アルプスの谷間の梓川にある、大正池から横尾までの前後約10km、幅最大約1kmの堆積平野である […]

岩木山神社

岩木山神社(いわきやまじんじゃ) 岩木山神社は、青森県弘前市にある神社で、岩木山の南東麓に鎮座しています。 入り口から参道、楼門、拝殿、本殿。そして奥の院は岩木山山頂にあります。津軽富士とも呼ばれる美しい岩木山のふもとに […]

津軽の歴史、事柄、豆知識

津軽の歴史、事柄、豆知識、年表など

気ままに撮影した青森県津軽の風景

花を見て、花言葉を知る そばを食べたい人のペーシ 昼食の道標、昼食の選択 投稿カテゴリー別 洋食 かつ丼・親子丼・海鮮丼などの丼物 津軽の風景  ラーメン・中華そばを食べたい! ワンコインランチ 津軽のまつり ランチの時 […]

ルピナス

ルピナスは、フジを逆さまにしたように見えるので、「ノボリフジ(昇り藤)」とも呼ばれています。 品種によっては花穂が60~70cmほどになるものもあります。

仲町武家屋敷

弘前市大字若党町72、旧笹森家。 弘前城から最も近い公開住宅で、黒塗りの棟門を開いているのが旧笹森家住宅です。建築年代は江戸中期。地区で現存最古の武家住宅です。弘前城下における下級武士住宅の建築様式です。 弘前市大字若党 […]

熊っこラーメン 青山本店

青森県弘前市青山1-19-1 、熊っこラーメン 青山本店。

完全試合の碑

 青森県青森市浜館1-1-1、青森市営球場の敷地内、日本プロ野球初の完全試合 達成記念碑。 日本プロ野球初の完全試合を達成したのは、1950年6月28日に青森市営球場で行われた巨人対西日本パイレーツ戦で、巨人の藤本英雄投 […]

シクラメン

シクラメンは、花の少ない冬に多くの花を咲かせてくれる球根植物です。 シクラメンの花言葉は遠慮、気後、内気、はにかみ です。

らーめんはちもり

青森県青森市問屋町2−10ー3、らーめんはちもり。定休日は月曜日。

小倉食堂

青森県青森市浪岡浪岡稲村19-9、小倉食堂。定休日は第2・第4日曜日。おすすめは、カレーセット

大館市、桂城公園

秋田県大館市字中城1、桂城公園(けいじょうこうえん)。佐竹西家の居城、大館城(別名、桂城(かつらじょう))の城跡にある公園。 江戸時代には通常1つの藩に1つの城しか認められませんでしたが、佐竹藩は大藩であったため大館城も […]

岩木川河川敷からの岩木山

青森県弘前市向外瀬周辺、岩木川河川敷からの岩木山

北海道美瑛町

北海道上川郡美瑛町は、北海道のほぼ中央に位置し、なだらかな波状丘陵と雄大で緑豊かな自然環境が魅力のまちです。 小麦、甜菜、豆類、馬鈴薯などの畑作農業を基幹産業です。近年は、美しい景観を次の世代に伝える取り組みも行っていま […]

収穫の終わったりんご園と岩木山

青森県弘前市鳥井野周辺

和菓子 こがねさわ

青森県弘前市富田3丁目11−12、和菓子 こがねさわ。定休日は毎週水曜日。 あげたてサクサクで、甘さ控えめのこしあんこ。

ラーメン やまや

青森県南津軽郡田舎館村大字前田屋敷東中野56-36 、ラーメン やまや 。定休日は、月曜日。

ベンセ湿原

青森県つがる市木造、ベンセ湿原。平滝沼、大滝沼、ベンセ沼に囲まれた湿原。6月頃からニッコウキスゲの群落。7月にはノハナショウブの群落。 青森県つがる市、旧木造町ベンセ湿原。ニッコウキスゲの群生が見られます。 ニッコウキス […]




津軽の歴史を学ぼう! 過去がわかれば、未来も開けてきます。歴史は人々が生きた証です。

津軽は、655年「日本書紀」に、「津苅」「東日流」「津刈」「都加留」と表記されています。

中世には「平賀郡(津軽平賀郡)」「鼻和郡(津軽鼻和郡)」「田舎郡(津軽田舎郡)」に分けられ「津軽三郡」と言われた。

由らしむべし知らしむべからず

由らしむべし知らしむべからずは、論語・泰伯にある孔子の言葉で、為政者が定めた法律によって人民を従わせることはできるが、その法律の道理を理解させるのは難しいという意味です。 日本では、江戸時代には、為政者は人民に法律の理由 […]

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未申櫓 (ヒツジサルヤグラ)、弘前公園

未申櫓 (ヒツジサルヤグラ)、櫓の名前は、天守から見た方角を12支で示したもので、未申は南西に当たります。

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