青森県弘前市追手門広場内。 ミニチュア建造物は、明治・大正時代に建築され、文化財指定の洋館などを1/10の大きさで再現したもの。旧弘前市役所や青森銀行記念館、旧市立図書館、旧弘前偕行社など、現在14棟があります。

ニチュア建造物

弘前昇天教会

日本聖公会弘前昇天教会教会堂(にほんせいこうかい ひろさきしょうてんきょうかい きょうかいどう)は、1920年(大正9年)に日本聖公会弘前昇天教会の教会堂として青森県弘前市に建設された建物。1993年(平成5年)県重宝に指定されました。

 「角み」呉服店

「角み」呉服店は、蓬莱橋から下土手町に移転した3階建ての洋館です。正面中央にバルコニーと発覚等を上げた白亜の大壁造りで、当時はあたりの商店を圧倒し、市内店舗の洋風化に一躍買ったとされています。(現存せず)

菊地薬局

明治22年(1889)に建てられました。菊池薬局は、明治39年に創業されました。そのシンボルの金看板は大正12年に一枚板を刳り貫いて、金箔を施したもので、全部で21枚ありました。この金看板は関東大震災時に、数ヶ月掛けて、店に届けられ、昭和43年の新築時に取り外されたということです。

弘前市公会堂

大正12年(1923)に建てられました。1897年にウィーンで始まった「Sezession ゼツェシオン」の影響を色濃く受けた建物で、左右、高低の対置、直線、曲線の配置など大阪公会堂と相似しており、弘前への移入の早さに先人の国際感覚と流行に敏感な気質を見ることができます。

旧弘前市立図書館

旧弘前市立図書館は、明治39年日露戦勝記念として建てられた図書館で、昭和6年までは市立図書館として機能していました。平成5年に青森県重宝に指定された、八角形の双塔を持つルネッサンス様式の木造二階建ての建物です。

旧制弘高講堂

大正12年(1923)に建てられました。大正9年に設立された官立弘前高校は、当初仮校舎でしたが、大正12年末に講堂を含めて、全ての校舎・建物が完成し、翌年1月に本講堂において落成式が行なわれました。

慈善館

大正3年(1914)に建てられた青森県最初の活動写真館です。八角形の展望台には、ドーマーウィンドーを設け、2階には上げ下げ窓と、窓の上にぺディメントが付いている和洋折衷様式の建物となっています。

旧弘前市役所

明治25年(1825)に建てられました。正面に隅切りにされたポーチを儲け、屋根は入母屋、外壁は下見板にオイルペンキ塗りとなっています。窓は上げ下げ窓で、軒に持ち送りを付けて、飾り天井とし、蛇腹を配した擬洋風が特徴となっています。

青森銀行記念館

青森銀行記念館は第五十九国立銀行の本店として弘前市に建設されたもので、国の重要文化財に指定されています。

日本基督教団弘前教会堂

日本基督教団弘前教会は明治八年に建てられた東北初のプロテスタント教会です。パリのノートルダム大聖堂をモデルに建てられました。

かくは宮川デパートⅡ

大正12年(1923)に市内商店街の中心部の下土手町四つ角に東北最初の本格的なデパートとして開店しました。4階建ての洋館で、エレベーター、食堂があり、市民に人気があり、昭和53年の閉店まで、中心街のシンボルとして人気がありました。

かくは宮川デパート

屋上遊園地にあった回転木馬などの遊具が評判で、昭和30年代には土手町商店街を代表する百貨店として弘前市民の娯楽場として親しまれ、1965年(昭和40年)のリニューアル時にはエスカレーターを設置するなど半世紀以上にわたって営業を続けたが、1978年(昭和53年)に建物の老朽化が進み、消防設備の整備が難しいとして閉店した。

角弘金物店

角弘金物店は、明治26年(1884)に建てられました。津軽家最後の国家老で、第五十九銀行の創設者・大道寺繁禎を筆頭に、15人の民間資本による「弘前農具会社」として発足しました。屋号の「角弘」は、弘前の「弘」と多角経営の「角」を採り、地域社会への貢献・奉仕を盛り込んだそうです。

旧弘前偕行社

旧弘前偕行社は日本陸軍第八師団に勤務する将校の親睦・互助・研究のための施設として明治40年(1907)に建てられました。建物の設計は、当時、弘前を代表する名棟梁・堀江佐吉(ほりえさきち)。また、建設場所には、弘前藩主の別邸が選ばれました。

ミニチュア建造物

岩木山

岩木山(いわきさん)は青森県弘前市および西津軽郡鰺ヶ沢町に位置する火山です。標高は1,625 mで、青森県の最高峰である。津軽富士とも呼ばれています。弘前側からみた右が巌鬼山(岩鬼山)、左が鳥海山です。