青森県平川市は、2006年(平成18年)1月1日に、旧平賀町、旧尾上町、旧碇ヶ関村と合併してできた市です。旧平賀町は、米とりんご、高冷地野菜を主産業とする農業の町です。

標高350mにある志賀坊森林公園から岩木山と豊かな穀倉地帯である広大な津軽平野を一望できます。

志賀坊高原から

 



旧尾上町は、米づくりとりんご栽培が盛んです。その他、植木や造園業も盛んで、生け垣や庭園が数多く見受けられます。

青森県平川市猿賀字石林175、猿賀神社(さるがじんじゃ、さるかじんじゃ)。境内は、鏡ヶ池、見晴ヶ池の二つの大池を含み約15,000坪。

猿賀神社



胸肩神社



136haの広大な白岩森林公園には、雪と見間違うほどの真っ白な凝灰岩でできた岩肌が見えます。

白岩公園



旧碇ヶ関村は、「関所といで湯の里」で豊かな自然と温泉に恵まれた、秋田県境にある山あいの閑静な村です。

道の駅いかりがせき津軽関の荘

道の駅いかりがせき





さばいしドライブイン

青森県南津軽郡大鰐町大字鯖石字広田2-1 、さばいしドライブイン。定休日は、第2・4水曜日。

晩秋の岩木山

青森県弘前市土堂周辺、稲刈りが終わり、乾燥のため稲が棒掛けされた水田と晩秋の岩木山。今はこんな風景はありません。

助川東馬先生頌徳碑

青森県弘前市富田1丁目8-2、富田稲荷神社内、助川東馬先生頌徳碑。

前田光世石碑

青森県弘前市船沢字鶴田、前田光世(まえだみつよ)石碑 。ブラジル名「コンデ・コマ」、講道館の男子柔道家(7段)、青森県弘前市船沢出身。

夕暮れの富士見橋と岩木山

青森県弘前市紺屋町周辺、夕暮れの富士見橋と岩木山。

和食、とんかつ、天ぷら、寿司

和食、とんかつ専門店、天ぷら専門店、寿司店など 青森県弘前市山下町12-1 、料理とお酒まさ。店舗は中央通り山下町へ移転しました。定休日は、主に日曜日。和食のお店、ランチの種類が多くて、今日はどれにしようかなあ-。 青森 […]

藤田 周次郎歌碑

青森県西津軽郡深浦町深浦岡崎388-195、岡崎海岸夕陽展望所にあります。藤田 周次郎歌碑、深浦囃子歌碑。

ラーメン やまや

青森県南津軽郡田舎館村大字前田屋敷東中野56-36 、ラーメン やまや 。定休日は、月曜日。

真そばや 會

青森県弘前市新寺町129、真そばや 會。閉店しました。

創作料理の店蔵よし

青森県黒石市横町13、創作料理の店蔵よし。定休日は水曜日。

水芭蕉群生地と岩木山

青森県弘前市大字常盤野字湯段萢、常盤野農村公園(ミズバショウ沼公園)。 水芭蕉群生地と岩木山。 水芭蕉の群生地があります。 水芭蕉は、春雪解けとともに見ることができます。 水芭蕉群生地と岩木山

石川啄木文学碑

青森県青森市、合浦公園内、石川啄木文学碑。 石川啄木は明治40年に青森から函館へ向かう船の中で、船酔いする妹の光子を思って「船に酔ひてやさしくなれる いもうとの眼見ゆ 津軽の海を思へば」という短歌を詠みました。 この短歌 […]

中華料理

大町桂月文学碑、千畳敷

青森県西津軽郡深浦町北金ヶ沢字榊原、千畳敷。 大町桂月文学碑、千畳敷。 碑文は、「北金沢も過ぐれば、山脚直に海に接するやうになりて、嬉しや、目ざしたる大戸瀬に達せり。幅の七八十間は海に突出したる方面の長さ也。長さの五六町 […]

弘前公園の橋

杉の大橋、下乗橋、鷹丘橋、波祢橋、春陽橋、賀田橋、亀甲橋、石橋、一陽橋の8つの橋が現存しています。

鶴の舞橋と岩木山と桜

青森県最高峰の岩木山と全長300mの鶴の舞橋。 鶴の舞橋と岩木山と桜

弘前さくらまつり

青森県弘前市、弘前さくらまつり。毎年弘前公園にて、4月中頃から5月初めまで、開催されます。 弘前城公園の本丸の風景、宴会をしています。 弘前さくらまつりの歴史、変遷その1 1715年(正徳5年) – 弘前藩士 […]

三忠 塩分町分店

青森県弘前市塩分町1-2、三忠 塩分町分店 。 三忠 塩分町分店は弘前市にあるそば・うどん・中華そばの店で、創業100年を越える三忠食堂の分店です。 自家製麺で、天ざるや日替わりランチなどが人気です。 中華そばとかつ丼の […]

雪の回廊

青森県酸ヶ湯温泉から傘松峠へ向かう。雪の回廊、毎年4月1日に開通。連休まで見頃です。

夜の青森港

青森港は、青森県青森市にある重要港湾で、本州と北海道を結ぶフェリーの発着地として知られています。 青森県青森市、夜の青森港。 江戸時代には弘前藩の商港として栄え、明治時代には青函連絡船の運航が始まりました。 現在はクルー […]



弘前さくらまつりの歴史、変遷

青森県弘前市、弘前さくらまつり。毎年弘前公園にて、4月中頃から5月初めまで、開催されます。

弘前さくらまつりの歴史、変遷その1

1715年(正徳5年) - 弘前藩士が25本のカスミザクラなどを京都から取り寄せ、園内に植栽。

1882年(明治15年) - 旧藩士である菊池楯衛が、ソメイヨシノ1,000本を植栽。

1897年(明治30年) - 再び1,000本を植栽。その後も市民の寄付などで植栽される。

慧眼(けいがん)とは

慧眼(けいがん)とは、「物事の本質を鋭く見抜く力」のことを指します。 仏教用語では、「えげん」とも読み、一切の事物を空であると見通す智慧の目を意味します。 類語には「先見の明」や「洞察力」などがあります。 対義語には「節 […]

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